ぶくろう

「あ、静雄！」
通学鞄を片手で背負い、通学路を歩き来神学園へと向かっていると自分を呼ぶ声がした。
その声にふりむくと、入学してから何かと一緒にいる新羅の姿が目に入った。
「一緒に学校行こうよ」
「いいぜ」
ガードレールの設置された歩道を２人肩を並べて歩きだした。
すぐに来神学園の校舎が見えてきたが、静雄はいつもと同じ通学路に違和感を感じていた。
「なんかおかしくないか…？」
「え、何が？」
「……気のせいか」
首をかしげながら静雄は呟いた。
学校に近づくにつれて通学途中の生徒の姿は増えていく。
その生徒達からの視線が自分達に向いているような感覚を感じていた。

学校に着くと同じクラスの新羅と共に、上履きに履き替えて自分のクラスへと静雄は向かった。
クラスに一歩足を踏み入れると、教室中の視線が自分達に集まり、騒がしかった教室が一瞬で静けさにつつまれた。
だがすぐに視線は外され、静かだった教室は騒音を取り戻し授業の前の他愛ない友人同士の会話を教室中が楽しんでいるようだった。

「…やっぱおかしくね？」
そう言った静雄に今度は新羅は先ほどとは違う返答をした。
「うん、なんか変かも」
心に引っかかるものを感じながら２人は席についた。
そこで１人の男子が静雄へと近づいてきた。
「ねぇねぇ平和島君」
「あ？」
見知らぬ顔に静雄は『お前誰だ？』という思いのこもった視線で見返した。
だが男子はその視線に気がつくことなく言葉を続けた。
「隣の人も狙ってるの？折原臨也は本命じゃないのか？」
「は？」
意味の分からないことを話され頭の上に疑問符を浮かべつつも、嫌いな男の名前が男子の口から出たことに静雄の機嫌は悪くなった。
その様子を見た教室中は震えあがった。静雄に話しかけてるのは他クラスの男子なので静雄のことを噂でくらいしか聞いたことがないのかもしれないが、彼が今行っているのは自殺行為である。平和島静雄の前で折原臨也について発言するなど、怖いもの知らずとしか言いようがない。
更に本人が知らない情報を握っているクラス中は、今後起きるであろう展開を簡単に予測し、教室から避難した。
「意味分かんねーんだけど、しかも気にくわねぇ野郎の名前まで出すとは…」
静雄のこめかみに怒りの線が浮かんだ。
「だって平和島、折原とどうにかなりたいんだろ？」
「？」
明らかにその発言が理解できていない静雄の顔を見ると男子は噛み砕いて同じことを口にした。
「だから、折原のことが好きで付き合いたいんだろ？」
一瞬の間のあと、静雄につめよっていた男子高生の体が宙を舞った。
教室の壁に叩きつけられたその体は床に落ちると横たわって動かなくなり、男子が気絶したことが見て取れた。
「チッ、胸糞悪い…何だそれ」
「でもきっとそれが原因で生徒達の様子がおかしいんじゃない？」
「ふざけんなよ、有り得ねぇ」
新羅と会話しながらも、怒りに燃えたぎる静雄は肩で息をしていた。
しかし突然何かを感じた静雄は振り返った。
教室のドアのところを見ると、そこには先ほど名前を耳にしたばかりの男の姿があった。
「おはようシズちゃん」
ほとんどのクラスメイト達が教室からいなくなったにも関わらず、臨也がここにいることについて静雄の勘が働いた。
「おい…お前変な噂流してねないだろーな」
「やだなぁそんなに睨まないでよ、してないって」
「……」
「ただ昨日の体育のときに平和島君が折原君に襲いかかってたってメーリングリストで流しただけだって、襲うの意味を不健全な高校生達がどう取るかは知らないけどね」
静雄と視線を合わせながらウィンクをした臨也の横を風が切った。
廊下の壁には静雄の投げた机が臨也の横を通りすぎて突き刺さっていた。
「いーざーやー!!」
「わっ、シズちゃんに襲われる助けてー」
「黙りやがれ、その口二度と利けなくしてやる臨也…！」

名前を呼びながら臨也を追いかける静雄の姿を見て新羅は面白そうに笑った。
「っていうか、静雄それって逆効果なんじゃ…」

翌日、昨日の噂にプラスして目撃情報までもが流れ始め、噂は信憑性を増したものへと変化していた。平和島静雄は折原臨也のことが大声で名前呼んで追いかけまわして求愛するくらい好きらしいよ、という会話が学校中で囁かれた。
あまり出回らないながらも、平和島静雄の前で折原臨也の話をしてはいけないという矛盾した噂も生まれていた。
玄関ホールで自分と臨也との発展した噂話を耳にした静雄の機嫌が急降下し、手短にあった靴箱を破壊したのは言うまでもない。

続

 

[2回]