最初からこんな調子で…。
「はぁ…今日もシズちゃんに出くわすなんてツイてないなぁ…」
仕事で池袋に行った臨也は、先ほど対峙していた男の顔を思い浮かべ、溜息をつきながら新宿の自らが所有する事務所があるマンションの前でタクシーを降りた。
暗証番号を入力し、カードキーを通してエントランスを抜けると、エレベーターに乗り事務所の部屋へと向かう。
「秘書さんは来てるかな」
ドアの隣にある呼び鈴を押すと、すぐに鍵が解除される音がした。
その音で、中に秘書として雇っている矢霧波江がいることを臨也は悟った。
「波江ー、コーヒー」
扉を開けて、靴を脱ぎながらオートロックの閉まる音を聞く。
だが部屋に足を踏み入れながら叫んだ臨也の耳に入ってきたのは思いがけない声だった。
「あ、イザ兄!お帰りなさいませ」
「自……働……(波江さんにばかり頼ってないでコーヒーくらい自分でいれなよ)」
「はっ?」
聞き覚えのある声に臨也は書斎として使用している間取りの一番大きな部屋を覗いて目を見開いた。
そこには、切っても切れない血という縁で繋がった臨也の双子の妹達がソファーに座っていた。
「どうぞ」
淡々と波江はお盆に乗せたコーヒーをソファの前の机に置いた。
着ていたコートを椅子にかけ、机に置かれたコーヒーに導かれるままに臨也はソファに座った。
ブラックのコーヒーを一口すすると、背中を向けた波江に対して疑問を投げかける。
「ねぇ、これってどういうこと?」
「どういうことと言われても」
背中を向けたままお盆を片付けたりと、臨也の方を向くことなく作業をし続ける波江。
「だから何でこいつら…九瑠璃(クルリ)と舞流(マイル)がいるんだよ」
「こいつらって酷いよイザ兄!こんなに可愛い妹達に向かって、ねー!」
「此……悪……無……(ここにいて悪いってことはないよね)」
臨也と向かい合って座り、首をかしげる姉のクルリと口を尖らせる妹のマイル。
波江は振り返ってソファーに座る折原家の兄妹達を見た。
「兄の家に訪ねに来た妹さん達を追い返す理由なんて無いと思うけど」
「仕事場に身内連れ込むのイヤなんだ」
「ここで寝泊まりしてるんだから仕事場兼自宅でしょ、別にいいじゃない」
「そうだよイザ兄ー」
「珍……楽……(久しぶりに兄妹そろって楽しい)」
「いいわね、兄妹仲が良くて…私も誠二に会いたい…」
弟の姿を思い描いているのであろう、うっとりと惚れ惚れした表情を浮かべる波江を見て、抗議する気が削がれた臨也は深く溜息をついた。
「用件があるなら聞く、だが用が無いなら今すぐに帰れ!」
「えぇ、帰らせてもらうわ」
「!」
怒気を含めた言葉を臨也は妹達に対して言ったのだが、返答が波江の口から飛び出したことに眉をしかめた。
「何言ってるの波江さん、むしろ君には帰られると困るんだけど」
普段は呼び捨てにしている名前の呼び方を含め、ほんの少しだけ丁寧な物言いにして波江を引き留めようと懇願する。
「今日の分の仕事は全て終わっているわよ。用もないし邪魔者は帰るわ、兄妹水入らずで仲良くしなさい」
「お疲れ様です波江さん」
「……労………(お疲れ様です)」
「えぇ、貴女達には引き続き誠二について報告をお願いするわ」
コートを羽織り、鞄を肩にかけると、タイムカードを機械に通し帰宅時間を印字して波江は振り返ることなく事務所を出ていった。
「仕事の追加は…きかないみたいだね」
オートロックの閉まる音を聞き、臨也は再びコーヒーを口にするとソファーの背もたれにもたれかかった。
コーヒーの入った温かいマグカップを手にしたまま口を開く。
「それで、用件が無いならさっさと帰れ」
波江が妹達に出したと思われるお茶を口にしてからマイルは言った。
「用がないと来てはいけないなんて、兄と妹の間にどれだけ深い溝を築くおつもりなのかしら」
「……鬼………(妹相手に鬼畜だと思う)」
「もういいから帰れ」
自分のせいとはいえ、妹達は相当ひねくれた性格に育っている。いわゆる中二病の中でもひときわヤバい方に所属していると臨也は妹達を認識している。
その妹達に関わるのを臨也は少なからず苦手と思っており、できることなら早く帰ってほしいと願っていた。
「なら用事があれば、ここにいていいんだよね!」
「…は?」
嬉しそうに笑顔を浮かべながらマイルは首をかたむけた。
初めてそれを見た男だったら可愛いと感じてしまう表情と素振りだったが、それは間違いであることを臨也は知っていた。
そしてその笑顔の裏に何か良からぬたくらみがあることを兄として感じ取った臨也はイヤそうに目を細めてマイルを見つめる。
「イザ兄にイタズラしようと思ってさ!」
「……戯………(そう、イタズラ)」
続きます!
[34回]
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